夫婦生活を営む中で、生活費の口座であるとか、貯蓄用の口座である等、預貯金が形成されるのが一般的です。
不動産や(地方では特に)車を除くと、メインの資産が預貯金であるのが一般的です。
財産分与の審理においても、預貯金の処理については、激しく争われることが多いです。
以下、預貯金に関し、財産分与の審理の中で頻出する論点について、裁判所の実務を解説します。
本記事で参考にした文献等は、こちらの記事をご参照ください。
独身時代の預貯金はどのように精算されるか
当事者から良く出てくる主張としては、「婚姻時の残高を控除すべきである。」というものです。
この論点について、結論としては、裁判所は事案によって、精算方法を変えています。
まず、婚姻時の残高を控除することについて、当事者間の合意がある場合には、そのように裁判所も処理します。
問題となるのは、この点について当事者間に争いがある場合です。
この場合に、判断のために必要となるのは、当該預貯金の口座の取引履歴です。
当事者によっては、この取引履歴の開示を拒むことがあります。そのような場合には、特有財産の立証責任に照らし、婚姻時の残高を控除することは認められません。
裁判所において、職権で取引履歴を取り寄せることもありません。
以下、取引履歴が開示されたものとして、いくつかのパターンを検討します。
一度も減少せずに口座の残高が増加した場合
口座によっては、入金だけがあり、一度も口座の残高が減少していないものもあります。
このような場合には、増加額を夫婦共有財産とみる、すなわち婚姻時の残高を控除するのが一般的です。
生活費の口座として使用されていた場合
水道光熱費、保育料、クレジットカードの支払等、夫婦の生活費の口座として使用されている場合には、生活費が足りなくなった際(入金額を上回る支出が必要になった際)は、婚姻時の残高を使用することが、夫婦の合理的な意思であるといえます。
したがって、生活費の口座として使用されている場合には、婚姻時の残高は夫婦の共有財産に混入している(特有財産としては認められない可能性がある)ものとして、審理されます。
上記の判断は、婚姻期間の長さや婚姻時の具体的な残高も重要な考慮要素です。
婚姻期間が長ければ長いほど、上記のような「溶け込み」があるものとして、特有財産としては認められない可能性が高いでしょう。
他方、婚姻期間が極端に短く(1年程度が目安です。)、また、婚姻時に相当額の残高があるような場合には、上記のような「溶け込み」があるものとはいえず、特有財産が認められる余地があります。
一度も入金がなく口座の残高が減少した場合
一度も入金がなく、口座からは支出のみで、口座の残高が減少した場合には、夫婦共有財産が形成されなかったことになるので、財産分与の対象にはなりません。
なお、この場合に、当事者によっては、当該口座がマイナス=負の財産であり(例えば、基準時の残高が100万円であり、婚姻時の残高が200万円である場合に、▲100万円を計上する等)、他の積極財産と通算すべきである旨の主張をすることがありますが、基準時にマイナス財産が存在するわけではないので、このような主張は採用されません。
両親からの贈与や遺産分割等
両親からの贈与や遺産分割等により預貯金が形成されたと主張されることがあります。
これについても、取引履歴を踏まえて、具体的に立証される必要があります。
例えば、両親名義の口座の履歴(贈与を主張する近接した時点で払戻しや送金があるか否か等)であるとか、遺産分割協議書等が必要となるでしょう。
特有財産として認められない場合は一切考慮されないのか
預貯金について、特有財産の立証が成功しなかった場合には、財産分与の審理において、婚姻時の残高等は一切考慮されないのでしょうか。
最近の裁判例や審判例のトレンドとしては、事案によって、婚姻時の残高や両親からの贈与を「一切の事情」として考慮することがあります。一切の事情により分与額を調整し、公平な財産分与を図る審理手法をいわゆる「バランス型」といいます。
もっとも、「一切の事情」として考慮されるためには、まず、これを考慮しないと公平性に欠けるほど婚姻時の残高や両親からの贈与が多額である必要があります。
婚姻時の残高や両親からの贈与が多額であることにより、夫婦共有財産の形成に寄与し、あるいはその減少を防止できたと評価できるからです。
また、婚姻期間の長さも重要な考慮要素となります。
例えば、冒頭のリンク先の山本論文・35頁は、婚姻時の残高は、夫婦共有財産に溶け込んだものと扱うが、寄与度で全体的なバランスを図るべきであるとの立場ですが、「婚姻期間が長くなれば現在の財産形成に対する婚姻時の預貯金残高の影響は小さくなるから、実質的婚姻期間が長期(例えば5年以上)にわたる場合には、分与割合に差をつける必要はないと思われる。」と指摘しています。
上記山本論文は、婚姻時の残高等を「一切の事情」ではなく「寄与度」で考慮する点で手法は異なるものの、これも一種のバランス型であると評価できます。したがって、「一切の事情」として考慮されるか否かについても、上記論文の「5年以上の婚姻期間」が一つの参考となるでしょう。
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