法定養育費制度と先取特権により、最低限の養育費を確保できる【家族法制の見直し】

家事事件

家族法制の見直しとして、離婚時に養育費の取決めがない場合、法定養育費として、一定の養育費の支払を請求できるとともに、これに先取特権を付与する要綱案が取りまとめられました(令和6年1月30日)。https://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900001_00238.html

(追記)令和6年3月8日に民法改正法案が閣議決定され、国会に提出されました。法案は、こちらです。

法定養育費制度や先取特権の効果について、解説します。

もふもふ
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改正法では、法定養育費制度が導入されるとともに、先取特権が付与されることにより、権利者において、最低限の養育費を早期に確保できることになります。

養育費の実務において、裁判官が参照する文献や参考書については、こちらの記事も参考にしてください。

現在の養育費請求調停・審判の運用と限界

実務では、親権者を指定して早期離婚をしたものの、養育費については協議をしておらず、別途、養育費請求調停や審判の申立てをすることが散見されます。

家庭裁判所の中には、養育費は、子の生活に直結するものであり、早期に確定する必要があるとして、ファストトラック的な運用(3回程度の期日で調停での合意の見込みを見極め、これが困難であれば審判に移行させる取り組み。)を導入している庁も多くあります。

また、調停委員会は、義務者が養育費の支払に難色を示している場合には、義務者に対し、正式な養育費の額が定まるまでの間、義務者が支払えるだけの養育費の支払を提案する等、養育費の「仮払い」を促したりすることがあります(最終的に、未払養育費から控除して精算します。)。

しかしながら、これらの運用等にも限界があります。

まず、仮払いは、相手方には強制できません。飽くまで、義務者の任意に委ねるものです。

また、紛争性が高ければ、調停で合意をすることはできず、養育費の審判が確定するまでに、1年(調停は1~2か月程度のスパンで期日があり、3回の期日で合意に至らず、不成立となって審判移行したとして、さらに審判が出るまでに2か月程度(起案+書記官によるチェック等)を要し、さらに高裁における審理期間を含めると、全体の審理期間が1年程度になることは良くあります。)は要する可能性があります。

このように、家庭裁判所で運用上の工夫を重ねたとしても、権利者にとって、手続的な負担が大きいものでした。

法定養育費制度が導入されれば、まずは早期に最低限の養育費を確保することができるようになります。

法定養育費制度の内容

法定養育費制度についての法案は、以下のとおりです。

法定養育費の始期が「離婚の日」とされているのは、大きなポイントです

現在の実務は、請求時説を採用しており、基本的に、調停あるいは審判申立時が、養育費の支払義務が発生する始期となっています。

これに対し、法定養育費は、これを「離婚の日」まで遡及させており、権利者保護を重視した内容になっていると評価できます。

また、法定養育費の額は、政省令で定められることになります。改正法の文言からも明らかなとおり、生活保護基準に照らした額になりそうであり、それほど高額にはならないものと思われます

簡易迅速に算定する必要があるため、養育費の実務のように、双方の収入から認定されるものではなく、子の年齢や人数に応じて算出されるものと思われます。

誰が法定養育費を請求できるのか(請求主体)

法定養育の請求主体は、「父母の一方であって離婚の時から引き続き子の監護を主として行うもの」です。

この「監護」とは、具体的に監護者として指定されることを要するものではなく、物理的に子の面倒を見ていることを意味します。

離婚後、レアなケースを除き、通常は、子が父母のどちらか一方と生活していることが多いと思われます。

この場合は、子と一緒に生活している親が、法定養育費を請求することができます。

これに対し、義務者は、「自分も面会交流の機会に、子の面倒を見ているので、権利者は、法定養育費を請求することができない。」と主張するかも知れません。

しかしながら、この場合は、義務者は、「監護を主として行う」わけではないので、権利者が請求主体であるという判断に影響するものではないでしょう。

父母が子の監護に要する費用の分担についての定めをすることなく協議上の離婚をした場合に対応するための仕組みとして、次のような規律を設けるものとする。
⑴ 父母が子の監護に要する費用の分担についての定めをすることなく協議上の離婚をした場合には、父母の一方であって離婚の時から引き続き子の監護を主として行うものは、他の一方に対し、離婚の日から、次に掲げる日のいずれか早い日までの間、毎月末に、子の監護に要する費用の分担として、父母の扶養を受けるべき子の最低限度の生活の維持に要する標準的な費用の額その他の事情を勘案して子の数に応じて政省令で定めるところにより算定した額の支払を請求することができる。ただし、当該他の一方が、支払能力を欠くためにその支払をすることができないこと又はその支払をすることによってその生活が著しく窮迫することを証明したときは、その全部又は一部の支払を拒むことができる。
ア  父母がその協議により子の監護に要する費用の分担についての定めをした日

イ  子の監護に要する費用の分担についての審判が確定した日
ウ  子が成年に達した日
⑵ 家庭裁判所は、子の監護に関する費用の分担についての定めをし又はその定めを変更する場合には、上記⑴の規定による債務を負う他の一方の支払能力を考慮して、当該債務の全部若しくは一部の免除又は支払の猶予その他相当な処分を命ずることができる。

先取特権の効果

要綱案では、養育費や婚姻費用について、先取特権が付与されることが検討されています。

法定養育費にも、先取特権が付与されることになります。

これにより、担保権実行としての債権差押えにより、例えば、元配偶者の給料等の差押えが可能となります。

担保権実行としての債権差押えには、現行の制度では、給料等の先取特権に基づく債権差押えがあります(民法306条2号)。

権利者にとって、どのようなメリットがあるかと言うと、これまで、養育費を回収するためには、まずは「債務名義」を得る必要がありました。

義務者と協議が成立すれば、公正証書を作成し、協議が成立しなければ、調停での合意を目指し、調停でも解決しなければ、最終的に審判を得る必要がありました。

この審判を得るまでに、1年を要する可能性もあることは、冒頭のとおりです。

さらに、権利者が債務名義を得たとしても、義務者がこれを任意に支払わない場合には、権利者は、執行裁判所に対し、強制執行の申立てをする必要がありました。

このように、権利者は、最終的に強制執行で養育費を回収することができるとしても、かなりの時間や労力、費用を要し、権利者にとってかなりの負担となっていました。

担保権実行としての債権差押えのメリットは、このような債務名義を得るための過程を省略することができることにあります。

申立てに当たっては、「担保権の存在を証する文書」を提出する必要があるところ(民事執行法193条1項)、これは、法定養育費の場合も同様です。

もっとも、法定養育費は、父母が子の監護に要する費用の分担についての定めをすることなく協議上の離婚をした場合に、一定の養育費が当然に発生する制度ですので、上記給料等の先取特権に基づく債権差押えの場合とは異なり、立証の負担は小さいものとなるといえるでしょう。

債務者の手続保障はどうなるか?

通常の担保権実行としての債権差押えでは、債務者の審尋をすることはありませんが、法定養育費制度においては、上記の通り、その権利が発生する始期が「離婚の日」であり、離婚後相当期間が経過してから差押えの申立てがあった場合、債務者となる元配偶者に過酷な事態となります。

例えば、離婚時は、親権者も稼働しており、収入があったものの、それから数年が経過し、病気等で稼働できなくなったとして、法定養育費の請求があった場合、債務者となる元配偶者が、数年分の養育費の支払を求められる可能性があるわけです。

そこで、要綱案の但し書のとおり、法定養育費の全部又は一部を拒絶する余地が残されています。

具体的には、債務者は、執行抗告の場面で、自身の支払能力を主張して、法定養育費を争うことが想定されます。

また、債務者の手続保障のために、執行裁判所の裁量により、債務者の審尋を行うことができる規律が検討されています。

裁判官としては、次のような場合には、債務者の審尋を行うことが考えられます。

  • 既に相当額の養育費が支払われており、法定養育費が発生しないか、あるいは相当額の減額を要することがうかがわれる場合
  • 申立人が離婚後に子を主として監護しているのか疑わしい場合
  • 離婚時に養育費についての協議が成立していることがうかがわれる場合

おわりに

法定養育費制度が設けられ、先取特権が付与されることにより、権利者は、養育費を早期に回収することができるようになります。

もっとも、自動的に養育費が振り込まれるわけではなく、自ら、執行裁判所に対して担保権実行としての債権差押えの手続を経る必要があるという負担は残ります。

真に権利者の救済を図るためには、法務省や市役所、裁判所等の関係機関が協力して、法定養育費制度の周知を徹底するとともに、裁判所においても、分かりやすい申立書のひな型を作成する必要があるでしょう。

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