夫婦が別居する場合、収入が少ない配偶者は、他方配偶者に対し、婚姻費用の請求を考えることになります。
婚姻費用については、インターネットで多くの情報があり、一般の方でも、ある程度の知識を収集可能です。
「婚姻費用の額は、算定表で算出される。」という点は、広く世の中に普及しているように思われます。
もっとも、事案によっては、算定表が使用できないケースもあるので、留意する必要があります。
また、「いつから婚姻費用を請求できるのか。」という婚姻費用の始期の論点についても、いくつかの例外があることに留意する必要があります。
以下、始期や終期、算定表が使用できないケースについて、裁判所の一般的な考え方を紹介したいと思います。
婚姻費用の事件において、裁判官が良く参照する文献や参考書については、こちらの記事も参考にしてください。今回の記事は、これらの文献等を参考にしています。
はじめに
婚姻費用の概念や申立費用等については、裁判所がまとめているページが分かりやすいです。
算定表についても、裁判所が公表しています。
始期(いつからの婚姻費用を請求できるか。)
婚姻費用の始期は、少なくとも、請求された時点以降は、義務者において支払うのが公平であることから、調停・審判の申立月を始期とするのが実務です。
もっとも、調停・審判の申立月より前に、例えば、LINEや内容証明郵便で婚姻費用を請求しているケースがあります。
婚姻費用を請求するとの趣旨が「明確」に表示されているのであれば、請求時(ただし、義務者が認識した時)をもって、婚姻費用の始期とすることもあります。
月の後半に申立て等がされた場合
注意が必要なのは、例えば、1月31日に婚姻費用の調停申立てをしたとして、1月分の婚姻費用を必ず請求できるわけではないということです。
この場合、義務者が争わなければ(調停では、ここまで細かな争いにはならないことが多いですが、たまに争点になります。)、1月分の婚姻費用から清算されることになります。
他方、義務者が争った場合には、1月分の婚姻費用を請求できるとするのは公平の観点に反するので、日割りとするか、あるいは2月分からとすることも十分考えられます(審判でも、この点が考慮されます。)。
このように、日割りとするか否かについては、公平の観点から決せられることになりますが、義務者の家計の負担状況(別居後も、義務者が権利者世帯の費用(水道光熱費や携帯電話代等)を負担していることがあります。)をも踏まえて、判断することになります。
少なくともその月の下旬頃の申立てであれば、日割りが検討されることもあることに注意しましょう。
同居中に申立て等がされた場合
例えば、1月10日に婚姻費用分担調停の申立てがあり、2月1日に別居したような場合、上記で検討した始期の考え方によれば、1月10日が始期=1月分から婚姻費用が発生するとも考えられます。
もっとも、同居中は、家計が分離された状態でないことが多いため、実務上は、申立月ではなく、実際に別居した月を始期とすることが多いです(上記の例ですと、2月分から婚姻費用が発生することになります。)。
終期(いつまでの婚姻費用を請求できるか。)
婚姻費用の終期は、分担すべき根拠が失われる離婚又は別居解消時までです。
同居中の場合の終期はどうなるの?
その場合には、「生計を一にするまで」とするのが一般的です。
算定表が使用できるケースと使用できないケース
夫婦間に子がいない、あるいは権利者が子を監護しているケースでは、算定表を使用して婚姻費用を算出することができます。
子の人数と年齢に照らして使用する表を選択し、双方の収入に近い収入欄をそれぞれ伸ばし、両者が交差する枠が算定額となります。
これに対し、次のようなケースでは、算定表が使用できず、別途の計算が必要になります。
- 高額所得者の場合
- 義務者も当事者間の子を養育する場合
- 共同監護の場合
高額所得者の場合
改定標準算定方式及びこれに基づく算定表では、義務者の総収入の上限を、給与所得者については2000万円、自営業者については1567万円としています。
義務者がこの上限を超える収入を得ている高額所得者の場合、次のように考えるのが一般的です。
①算定表の上限+500万円までの収入の場合
義務者の総収入を、算定表の上限額とみなし、算定表の最高額を上限とします。(後掲330問・Q224)
上限を超える収入部分は、婚姻関係において、生活費として使用されるものではなく、貯蓄等に使用されているものと推認します。
このような推認が前提となっているので、夫婦の生活実態によっては、上限を超える収入部分も生活費に使用されていることもあり得るため、そのような場合には、当事者に生活実態を明らかにしてもらい(例えば、家計収支表や同居中の生活費の通帳の写しを提出してもらうことが考えられます。)、適宜修正をしています。
②①の上限を大きく超える収入の場合
このような場合には、①のような推認を働かせることができないので、算定表を使用して婚姻費用を算出することはできません。
収入に応じて(高額所得者の方が基礎収入割合が小さいです。)、基礎収入割合を低減させることになります。
義務者も当事者間の子を養育する場合
この場合の計算方法は、実務上確立しており、次のとおりです。
双方の基礎収入の合計×権利者世帯の生活費指数の合計/(義務者世帯の生活費指数の合計+権利者世帯の生活費指数の合計)-権利者の基礎収入
共同監護の場合
別居中に、子を共同監護しているケースです。
例えば、平日は権利者が子を監護し、休日は義務者が子を監護しているようなケースでは、そのまま算定表を使用すると、義務者による監護を考慮することができず、公平に反することになります。
そこで、このような場合には、①子の生活費指数を修正して、改定標準算定方式で計算するか、あるいは、②算定表で婚姻費用を算出した上で、子の生活費部分のうち、義務者の監護に相当する部分を算定結果から控除する方法(広島高決岡山支部平成23年2月10日)が考えられます。
どちらの算定方法を採用するにせよ、まずは、義務者による子の監護の程度を明らかにする必要があります。
例えば、義務者が、「自分も子を監護している。」と主張していたとしても、その内容が、子の習い事の送迎をしているだけであるといった程度であれば、上記のような修正をすることなく、算定表を使用しても、公平に反するとはいえないでしょう。
面会交流の一環に過ぎないと評価できる程度にとどまる監護であれば、算定表の中で考慮されるにとどまることも多くあるでしょう。
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